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あんらくし

考えたことのメモなど

大森さんとトイレと私の話

生きてました。生きてます。

個人情報を扱う仕事なので具体的にどうこう書けないのですが、どうにかまいにち出勤と退勤を繰り返しています。

ストレスと緊張からかすごく空腹なので、お菓子を持ち込んでもりもり食べていたら顔面の皮膚が悲鳴をあげだしたのでどうしようかなあと思っているところです。ほんとにどうしようかな。

本日も明日も休日出勤様なのですが、心が休まる時間がなさすぎてすぐに化粧室にこもってしまう。いつも思うけど、化粧室って言い方にちょっと違和感があります。トイレはトイレだろと思っているのかもしれない。便所とは言わないし、ふだんはお手洗いと呼んだりもするけど感覚としてはトイレがいちばんしっくりきます。携帯いじるためにはトイレの個室に入るのが一番楽、というのが学生時代から変わっていなくて笑う。


トイレの話をします。(特に汚い話ではないです)

よく腹痛に苛まれるので幼少期からトイレとは深い関係だったように思います。たぶんいちばん古い記憶は、「もののけ姫」を映画館で見ている時にトイレに行きたいとだだをこねて行かせてもらったことですというくらいには強く印象に残っています。そのあとも集会中(音楽会の練習だった)に腹痛がヤバすぎてひとりトイレにかけこみ、戻った時に自分のクラスが歌ってたら気まずいなと思ってまるまる45分トイレにいたり、やなことあった時にトイレでちょっと泣いたり、実習中もトイレにかけこんで携帯をいじったりとずいぶんお世話になっています。

でも特にそれを誰かに話す機会があるわけでもなく、トイレが好きなんだよねというのもなんだか誤解を招きかねないなと思い特に意識したことはありませんでした。

なぜ急にこんな話をしているかというと、例によって例のごとく大森靖子さんに関連しているからです。

「ここは多機能トイレです」(♪ノスタルジックJ-POP)、「青春に吐きそうで トイレまで逃げたけど」(♪コミュニケイション・バリア)といったように大森さんの曲には「トイレ」という言葉が登場することがあります。大森さんはトイレでご飯を食べていたことがあり(トイレしか居場所がなかったということではない)、窓から見える景色がきれいだったというようなことが学生時代の思い出の一つであると著書やMCなどで語っておられます。(うろ覚えなので曖昧な書き方になってしまいましたが、確実に言っていた はず)

大森さんがうみだす歌詞が好きだ、というのは前にも何度か言ったかと思いますが、好きと共感とは必ずしも重なるものではありません。

この歌は私のこと歌っている!という感覚がないというわけではなく、たとえば「マジックミラー」を聞いている時私はたしかに曲の中の「君」であるという感覚があります。

あるフレーズにすごく共感しても、曲全体を通してその中に自分の存在を確信できるということはあまりないかなあ、くらいの感じで聞いています。(別に共感しなくちゃいけないわけではないし、共感しなかったからダメという話ではないのはわかっています。)

自分に重ねるというよりは、曲ごとに違う主人公(「あたし」であったり「僕」であったりする)を見出して、そのキャラクターに感情移入しているのかもしれない。

話がそれましたが、そんな中で自分にとって特別な場所である「トイレ」が歌詞に何食わぬ顔で登場するのがなんだかとっても嬉しかったのです。それも、無理やり引っ張り出されたのではなくそこにいるのが当たり前であるという顔をして!

ふだんはあまり好意的に扱われない「トイレ」のためだけのメロディーや声や吐息が存在するという事実、そして自分と大森さんにささやかな共通項があるということに唐突に思い至り、ハッピーな気持ちになったので書きとめておきます。論理が飛躍しすぎですが、雨の中頑張って帰ってきたので許してください。